オッサンのブラリ一人旅(鉱石の道 生野銀山Ⅲ)

 坑道の最深部のシュリンケージから、復路へと足を進めます。  明治になると、生野銀山は政府直轄運営鉱山となり、先進技術を導入し近代化が進められました。1889年皇室財産となりましたが1896年「三菱合資会社に払い下げられ国内有数の鉱山となりました。  画像は、昭和以前の旧坑の後です。  発破作業の為には、様々な大きさのコアを用いて穴をあけて行きます。  此方は馬蹄型鋼枠二枚…

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