沖縄が日本でなくなる日(沖縄の歴史・戦後本土復帰)

 終戦直後から、沖縄はアメリカの統治下におかれます。これは、1854年流米修好条約を交わした経緯を持つアメリカが、日本と琉球は本来異なる国家・民族であり「帝国主義も圧政下に有った少数民族の開放」という意味もありました。それにより、沖縄側にも大きな影響を与え「琉球独立運動」のきっかけにもなりました。
 しかし、朝鮮戦争勃発後、アメリカの認識は「東アジアの要石」へと変わり、最前線の基地になりました。そして、駐留アメリカ軍の増加し軍事力に物を言わせた「銃剣とブルドーザーによる土地接収」が行われました。1952年アメリカは日本との平和条約で潜在的な主権は観とめつつも正式に軍の管理下に置き琉球政府を創設し、さらに各地に軍の基地・施設を建設します。並行して、アメリカ兵による事故・事件が頻発し、死亡者も相次ぎました。これに対し島民有志による「島ぐるみ闘争」と言う抵抗運動が起こり、この頃から祖国復帰運動が起こりました。
 1960年代のベトナム戦争により沖縄が最前線吉にされると、復帰運動は活発化し反米・反戦色が強まりました。その一方で軍に需要の有る業種の人達は、復帰反対・駐留賛成の運動を展開しました。しかし度重なるアメリカ兵の不祥事に米軍への不満が爆発しました。
 1960年沖縄県祖国復帰協議会が結成され、1962年ケネディ大統領が沖縄は日本の一部であることを認め運動は活発化します。そして、1969年日米首脳会談でニクソン大統領が沖縄返還を約束しました。しかし、米軍の要求をほぼ丸呑みしたという見方もあり、「本土並み復帰」が果たされていないと不満を持つ人もあり、1970年「琉球独立党(現・かりゆしクラブ)」が発足しました。
 1971年沖縄返還協定が調印され、1972年5月15日沖縄は日本へ復帰し、1973年にアメリカはベトナムから全面撤退しました。

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