沖縄が日本でなくなる日(天皇メッセージ)

 「沖縄が日本でなくなる日」9回目です。
 昨日は、天皇誕生日でした。報道ステーションでは昭和天皇の「天皇メッセージ」を取り上げていました。これも、無視できない問題です。これについて、述べてみたいと思います。
 実は、この問題、私は全く知りませんでした(ホンマ!勉強不足)。アメリカによる沖縄統治は天皇の意向であったことには驚きでした。
 外交記録には「天皇は、アメリカが沖縄を始め琉球の他の諸島を軍事占領し続けることを希望している。天皇の意見によるとその占領は、アメリカの利益になるし、日本を守ることにもなる」と有ります。さらに「アメリカによる沖縄(と要請があり次第他の諸島嶼)の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で、長期の--25年から50年ないしそれ以上の--貸与(リース)をするという擬制(フィクション)の上になされるべきである。天皇によればこの占領方式は、アメリカが琉球列島に恒久的意図を持たないことを日本国民に納得させることになるだろう・・・」
 その事で「昭和天皇」は、沖縄に対し懺悔と感謝の思いを,最期まで抱いていたそうです。それは、天皇による沖縄切り捨て・琉球処分で在るが故の事です。当然沖縄の人々は反発します。しかし、当時の日本は、軍備を持つ事が出来ない、状況で自国を侵略から守るにはアメリカに守ってもらうしか無かったのではないか?と思います。勿論、天皇自身の保身が心のどこかに在ったのかも知れません。そうですよね、天皇だって人間です、人の親です。もし、自分が戦犯になったら自分が処刑されるだけではすみません。愛する家族はどうなるのか?子供たちだって処刑の対象になるかも知れないし、どんな目に遭うかもわかりません。そんなことは、あってはならないのですが、もし、そうだとしても批判出来るのか?と考えます。だからこそ「昭和天皇」は沖縄復帰後、懺悔・感謝・謝罪の為、沖縄への訪問を熱望していました。しかし、沖縄の人々の反発などから叶う事は有りませんでした。
 しかし、1975年今上天皇(当時の皇太子)が「昭和天皇」の意志を引き継ぐ形で初めて沖縄を訪問しました。今上天皇の母方の祖先は島津家であり、琉球を武力で支配した一族です。その事が原因だったかどうかは、知りませんが、沖縄訪問に関しては反対運動も激しく行われ、宮内庁も皇太子の身の危険を危惧していましたが、訪問を決行し沖縄解放同盟のメンバーにより皇太子に火炎瓶を投げつける「姫ユリの塔事件」が起こります。にもかかわらず、皇太子は予定通り献花を行うなど、その後の予定をこなしていきました。同日の夜には「沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぐ」と県民の心情を思う談話を発表しました。火炎瓶が投げ込まれた居り、側近だったか、警備の人だったか?分かりませんが、その人に「それでも俺は止め世訳にはいかない」との趣旨の言葉を発したエピソードを記憶しています(間違っていたら御免なさい)これは立派だと私は思います。
 その後、今上天皇は毎年のように沖縄を訪問しています。自分の先祖や、親が沖縄にして来た事に対しての懺悔と謝罪の気持ちがそうさせているのでしょう。その甲斐があってか沖縄の人々の心が軟化している部分もあります。しかし以前、皇室に反感を持つ人達も多く居るのも事実です。これは、沖縄の人の一人一人の気持ちの問題ですので仕方ないのかも知れません。
 今の政府は、昭和天皇や今上天皇の意志を無視するかのような行為に出ています。天皇は政治に参加できないので、関係ないと言えばそれまでですが、安倍政権には天皇が沖縄に抱いているような心が果たしてあるのか?と思ってしまいます。
 今日の記事で陛下・殿下と言う呼び方やされた等、皇室を扱うときによく使われる表現は使っていません。これは沖縄問題を扱っていることと、私自身天皇家に経緯を払って居る訳でもありません。あくまでも、天皇も沖縄の人々も平等に扱う為の物です。

この記事へのコメント