オッサンのブラリ一人旅(鉱石の道 山口護国神社)

 さて、羽淵鋳鉄橋の国道を挟んだ向かい側にあったのが、「山口護国神社」でした。
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 護国神社とは、国のために殉職された方々の例を祀る神社です。東京都と神奈川県を除く、各道府県に建立されています。その道府県の出身者や縁故の戦死者や自衛官、警察官、消防士などの公務で殉職された方を主祭神としています。
 山口護国神社もそのような方々も祀っているのでしょうが、ここは幕末明治維新の魁となり命を落とされた人も祀られています。
 説明看板には「生野義挙志士殉難之地」と書いてあります。1863年「生野義挙」とも「生野の変」とも云われる事件が起こりました。その中心となったのが長州の武士だったと云う事です。山口護国神社は此処の地名が山口だった事からなのか?長州の武士が中心だった事からなのか?定かではありません。事件については、あまりにも長くなりそうなので、省きます。只、生野鉱山もこの事件と無関係ではありません。
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 本殿の様です。
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 御神体と言う物は無く、墓碑が並んでいます。
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 境内には、幾つかの慰霊碑が点在しています。
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 隣には、義挙志士たちの墓と思われるところが有りました。
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 神社というよりお墓と言う感じの方が強いですね。
 生野鉱山は幕府にとっても重要な鉱山でしたが、幕末には産出量が激減し、土地の住民は困窮していたことなども事件の発端となったのでしょう。

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