オッサンのブラリ一人旅(但馬五社巡り 粟鹿神社)

 公約通り、元日の午前、初詣がてら粟鹿神社にお参りしてきました。
 粟鹿神社は、北近畿豊岡自動車山東ICを降りてすぐのところに有ります。
 当日は好天に恵まれたのですが、年末寒波の影響で雪が残っていました。
CIMG5215.JPG CIMG5216.JPG
 粟鹿神社に到着しました。
CIMG5217.JPG CIMG5218.JPG
 鳥居をくぐって参道を進むと、勅使門が有ります。
 勅使門の勅使とは、天皇の使者で、資格を以て天皇の代理として宣旨する事から、勅使を迎える側が勅使より上位の者であっても天皇として敬意を払う事とされました。しかし江戸時代、江戸城においては将軍が上座、勅使が下座に座るという逆転現象が有りました。
 その勅使を迎え入れる為の施設が残されているところが有り、粟鹿神社では勅使門が残っています。
 粟鹿神社では、四回の勅使参向があったという記録が残っているそうです。此処の勅使門は建築物としても貴重な物の様です。現在、この門からの出入りは出来ません。
CIMG5219.JPG CIMG5220.JPG
 勅使門の隣に、神門が有ります。この神門は随身門、日の出門ともいうそうです。
 神門の左右には木造著色随身倚像が安置されています。製作年代は不明ですが、江戸時代前期に修理された事と、1683年に再興された事は判っています。
CIMG5224.JPG CIMG5226.JPG CIMG5225.JPG
 境内に入り少し進むと神殿が有ります。狛犬も雪を被っています。
CIMG5228.JPG CIMG5227.JPG CIMG5229.JPG
 粟鹿神社は但馬國で最も古い神社とされており、2000年以上の歴史が有ると云われています。但馬国造の日下部氏との関係も深いとされています。主祭神は彦火々出見命、日子坐王、そして大国主の子、阿米美佐利命の3柱となっています。
 粟鹿神社には、鹿が粟を3束銜え山から現れ人々に農耕を教えた事から、その山を粟鹿山と呼ばれ、鹿を祀った事から粟鹿神社となったようです。
 粟鹿神社の格式は但馬一宮又は二宮となっていますが、諸説あるようです。
 拝殿と本殿です。
CIMG5230.JPG CIMG5231.JPG
 主祭神にお参りした後、境内を散策します。
 いくつもの境内社が有ります。神社の境内に有る本社以外の社を、境内社、摂社、末社などと言いますが明確な定義は無い様です。簡単に言うと、その神社の本殿以外の社を境内社と呼ぶ様です。その中で御祭神と縁の深い神様を祀った社を摂社、それ以外の社を末社と呼ぶ様です。また、境内の外に有ってもその神社が管理管轄する社を境外社と呼ぶ様です。
 少し奥に入ると石段が有りました。それを登りきると稲荷神社です。保食神が祀られています。稲荷神社から下を見てみました。
CIMG5234.JPG CIMG5235.JPG CIMG5236.JPG
 茗荷神社(祭神は草野姫命)と厳島神社(祭神は市杵島姫命)、天満宮(祭神は菅原道真)です。
CIMG5238.JPG CIMG5240.JPG CIMG5245.JPG
 こちらは猿田彦神社(祭神は猿田彦神)です。社のなかを覗いて視ると、神馬像が鎮座しています。
CIMG5241.JPG CIMG5243.JPG
 あと、床浦神社(祭神は大己貴命)が有りますが、画像に収めることが出来ていません。
 外へ出ようとすると、随身門には木彫りの狛犬が鎮座しています。丁度木造著色随身倚像の裏側に当たります。木造著色狛犬像と言います。製作年代は不詳ですが、作風は鎌倉時代風ですがそれほど古くはなく江戸時代前期のものと思われます。
CIMG5247.JPG CIMG5250.JPG CIMG5248.JPG
 外に出て、近くにご神木が有るそうなので、行ってみます。
 ご神木です。
CIMG5251.JPG CIMG5252.JPG
 神社の南側にもう一つ鳥居が有りました。南側の参道です。その風景です。
CIMG5253.JPG CIMG5254.JPG CIMG5255.JPG
 これで但馬五社を全て廻った事になります。約2ヶ月掛けて回ったのですが、ご利益が有るでしょうか?
 この後、近くに當勝神社というのが有るそうです。ついでに行ってみる事にします。

この記事へのコメント